男性がエッセイを書くと「なのである」「なのだ」を多用するから、つまらない、という指摘を読んだことがある。押し付けがましい、という。耳が痛いが、まことにその通りだと思う。本作を読んでそれを思い出した。
「レキオス」の感想でも説明的すぎるという感想を述べたが、本作ではより一層その傾向が強まったよう。えー、それは反則だろ!?という展開を「それは○○だからだ」という作者の強引な説明で片づけるパターンのなんと多いことか。小説は作り話だから、作者の自由なのだけれど、後付けっぽい説明の仕方がよくない。読者の予想を裏切る、というレベルを超えて、場当たり的でご都合主義くさい。すごく臭い。思いがけない展開のために、設定やキャラクタを無視しちゃったり、回収しない伏線もある。物語りに芯がないから、説得力に乏しくって、感情移入することができず、全体的にのっぺりした感じをうける。
でも、最後まで読める。上下2段で500ページ超という大作なのに、不思議とすんなり読了した。半分意地もあったろうけれど、なんだかんだ言って、やっぱり乱暴さを痛快に感じるところがあるのだろう。小説全体に強烈な生命力がみなぎっているように思う。その勢いに乗せられて読んでしまったのか。
「東京のシンボルは森である(上からみると実際巨大な森が多い)」という持論と、京都議定書での「CO2削減量はお金で取引できる」という不可思議なルールからヒントを得て、この小説では東京一面がジャングルになった。ビルの高層階から東京を見下ろし、これがすべて森なんてアイディア馬鹿らしいと思う一方、爽快な気分になる。超人はなんでも上手くできる。死んでも簡単に生き返る。変態はとにかく変態。そういう単純で大ざっぱなウソを笑い飛ばしながら、難しいこと考えずに楽しむ小説なのだろうと思う。
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