山間に似合わない幅広な舗装道路をくだりおりると、その建物が見えてきた。道路から一歩外れそちらへ向かう。足元は一本の草木もない剥き出しの地面で、土砂採掘場のような殺風景な道だ。ゆるやかな上り坂を上り切って一息ついたところで、ゲートが見えた。
僕は、これからグアムだか韓国といった近場の外国へ行くはずだった。財布に4000円だけ、という資金の事情もあるけれど、海外ならどこだっていいという投げやりな気持ちでいた。ただ無性に飛行機にのりたかった。それで自宅からほど近い、関東近郊の空港へやってきた。
目の前の建物はどっしりと頼りになる構えだが、木造で壁は泥だか珪藻土で固められている。年季のはいった生活感が漂っていた。ひっきりなしにゲートを出入りする人々がいなければ、土豪の集会場くらいにしか見えなかったろう。空港とはこんなものだったろうか。いや、地方の空港はこんなものかもしれない。コンクリ建造物偏重の思い込みは、都会暮らしの悪い癖だ。郷に入れば郷に従えともいう。
そんなことを思っていたら、見知った後ろ姿が視界に入った。旅馴れた様子で「インドへ行く」と言う。それで僕も一緒にいくことにした。インドは食べるものがないから苛酷だぞ、と半笑いで脅されたので、先に行ったのは君かもしれないけど、行きたいと思ったのはこっちが先だよ、と僕は言いかえした。そう強がったものの、やはり不安になって改札横にある売店に向かう。
お徳用菓子がワゴンセールになっている。意外にも種類が沢山あった。海外製らしく、パッケージには尺取り虫のようなアラビア語だけがかかれており、どんな味か分からない。写真だけをたよりに、腹持ちの良さそうなクッキーをチョコレートでコーティングしたのを選ぶ。財布には4000円しかなく他に買えない。でも、ずっしり重いので数日はこれで足りるだろう。インドだし多少の空腹は我慢せねばなるまい。苦行の国なのだから。
レジでお金を払っていると、出発の時間が気になった。そういえば、12:30出発といっていたっけ。レジの東南アジア系のお姉さんが、天井の時計を指さし、もう出発だからホームへ向かえという。のけぞって見上げると、ああ確かに30分に近い。急いで改札を通り抜けた。すぐ前の客車から彼が手をふっていた。駅員に促されるままに、タラップに足をかける。
なぜさっきの店は天井に時計をかけるのだろう。天地がないので、10:20か04:40か分かりにくいじゃないか。ああ、なるほど。ゆっくり買い物してもらうために、一般の店では時計をおかないことが常識だけれど、ここは空港だから時間は大切になる。そのジレンマの現れが読みにくい時計の掛け方なのだ。と、断定的に解釈して、インド行きの列車にかけのぼった。
列車は上半分がなくトロッコのようだ。横幅5メーター長さ10メーターほどもあり、一車両がとても大きい。両側から内を向くようにシートがならんでいて、彼はその一番外側で談笑していた。
彼の隣と斜め前に、こちらも旅馴れた風の金髪女性がすわっていた。頬にはそばかすがみえる。僕も彼の隣に腰をおろす。彼らは僕の分からない言語でボソボソと、けれど楽しげに会話している。さっきまで一人だったから、今知り合ったところなのだろうが、撫でるようにスムーズなやり取りをする彼はすこぶる格好よかった。初対面の外人に物怖じもせず、それでいて全くわざとらしくない自然なふるまいは、僕が羨ましさと嫉妬を感じるに十分だった。
会話に参加することもできず、ぼうっと風景を眺める。いつしか乗り物は大きな川の中をすすんでいた。インドらしく水がチャイのような色をしている。川面から吹き込む風は、その色のように柔らかくて気持ちがいい。吹きつけて去っていくのではなく、ゆっくりと僕の感触を確かめるようにして風は通り過ぎて行く。会話は同じペースで続いている。僕らの他にはだれもいない。船底が水をきるチャプチャプという音に集中していた。
インドの町に出た。思った以上に街だ。レンガや土の茶灰色で包まれた街は活気は感じられない。人影もみえないけれど、二階建の建物が通りにはみださんばかりにひしめき合っていて、沈黙の迫力があった。
交差点を過ぎたところで後ろを振り向くと、建物の壁から絶縁体らしき白い陶器製の物体が5つ、星形につきでていて、その先に五本のワイヤーが張られていた。ワイヤーは僕らの頭上をかすめ、道路に沿って伸びている。彼が、これは電力ケーブルなのだと教えてくれた。こちらでは電信柱ではなく、建物と建物の間に張るという。比較的低い位置に張ってあるものだから、切断して持ち去られることが多いらしい。手を延ばしてケーブルをつかむと、太そうに見えて案外やわいのだよと言いながら、彼はいとも簡単にケーブルを引きちぎった。
ホテルについた。でも僕は3000円ちょっとしか手持ちがない。やばい、これじゃお金払う時に恥かくぞ、と焦って、ぐいいと無理やりに目を覚ました。
ああ、へんな夢だったな。