• l_640_480_D17A2147-795A-4C08-B4E4-6C28A1BD0186.jpeg
  • l_2048_1536_68C6F373-4EAF-47C7-B592-43321DC2510E.jpeg
  • l_2048_1536_886BEDC5-DB19-447F-832E-4C9C1752E281.jpeg
  • 080528-0032.png
  • l_2048_1536_C98B6B3B-F780-409C-9728-EC68AB7F392F.jpeg
  • IMG_02011.PNG
  • openspace.jpg
  • 080525-1813.png
  • 080525-1813.png
    [ 概要 ]
    純文学と視覚芸術、メディアアートとの接点に焦点をあて、現代文学作家とメディアアーティストのコラボレーションを行う。読む人のイマジネーションに委ねられる文学の世界が、さまざまな手法によって目の前に提示される。東京写真美術館「文学の触感」2/17マデ(期間が過ぎるとリンク切れになる可能性あり)

    楽しいです。

    情報を降らせるインターフェース」は差し出した手に、上から言葉や動画が投射される作品。形状認識しているようで、動かせばついてきたり、一部は動きに応じて変化する(らしい)。ゆらゆらと手のひらをたゆたう詩。すっと消えて行く。和歌がよりはかなく、パーソナルな体験と感じられた。

    タイプトレース道」は書き手がtypeしたキー操作を、MAC上に視覚的に再現する作品。ようするにkeyloggerとそれを時間どおりに再生するソフトウェア。文字を選ぶのに要した時間が文字の大きさになる。展示された書き手は舞城王太郎。文章が生成されるその現場に立ち会っているようで、おもしろいと思った。文字の選択になやんだり、一度書いたものを消したり、時にはすごいスピードで書き進めたりする。僕らが普段手に取る完成された物語は、いつも確固としたストーリーを語るのだけれど、生み出される時にはどうにも頼りなく、一瞬の偶然に委ねるような弱々しさがあるように感じた。文章が人から生まれてくることを改めて認識し、文章の生々しさを実感できた。

    モルフォタワー」は、わからなくてすごいと思った。スポットライトに照らされる、ちいさなトゲトゲに覆われた黒い三角錐。よく見ると表面のトゲトゲは、滑らかに動きその大きさを変化しさせている。固形ではなく液体(粘体)であることが分かる。しかし、斜面に隆起するトゲトゲは重力に反して5mmくらい突き出している。いくらみても仕掛けが分からなかった。文学との関係もわからぬ。

    こんな具合で、全体的に敷居が低く楽しい展示だった。他の展示もそれなりに興味深かった。が、なんか物足りない感じ。特別な味わいがある展示が少なかったように思う。他で目にするのも多かったしね。

    わからないままに体験して不思議を感じて、その不思議な感覚をじっくり味わう。そして思索する。考える時間が十分あればそういうのが楽しいけれど、後ろには順番まちの人がいる。残念ながらそんな余裕がない人が多いだろう(独り身の時hあじっくりしてました)。ちょっと体験しただけでは、ふうんで終わる。もう一歩進められるヒントを提供してくれるとうれしいなあと思った。

    関連する投稿


    コメントをのこす